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covid-19の後遺症への鍼灸の対処
〜身体に熱がこもってしまっている場合〜



滋賀漢方鍼医会  二木 清文



  covid-19(あえて新型コロナとはこの文章では表記しません、もし次なる強烈なコロナウイルスがすぐ出現してきたなら新新型コロナなど奇妙な呼び方になってしまうからです)が、結局のところ時間経過に伴って変異を繰り返し宿主側と折り合いをつけられるようになってきている感じで、パンデミックから3年目になってようやくインフルエンザ程度に落ち着きつつあります。ワクチンもロックダウンも感染をある程度抑制はできていたのでしょうけど、あれだけ大騒ぎした割に「そこまで効果があったのかな?」というのが実感です。もちろん行政の動きや発症してしまった患者への西洋医学の献身的な看病などがあって社会生活が戻ってきたのですから否定は一切していないのですけど、我々鍼灸師が本当にcovid-19に対して人類へできる貢献はこれからだと考えるので、実践していてなおかつ簡便に流派を超えて応用してもらえる技術がありますので投稿をします。

●covid-19の後遺症として真熱が急増

  単純には側頸部へのタッピングという処置(動画で実演しているのでYouTubeから「ナソの臨床応用1 鍼の種類とタッピング方法」を検索してご覧ください)に集約できるのですけど、これだけ見ても「どうして効果が得られるのか」「なぜこのような方法が出てきたのか」がわからないので、書いていきます。管鍼術による毫鍼しか用いてこなかった方には「えっ! 鍼でタッピングなんて動作をするの?」と思われるかも知れませんが、最近あまり使われなくなっているのかも知れない集毛鍼の操作を私も参考にしたのです。小児鍼には色々なやり方がありますけど、子供の皮膚表面を軽く摩擦するというのは有名な方法なので、その延長線でもありタッピングは突拍子もないやり方ではないです。

  covid-19の時代になって色々変わってしまいましたが、コロナ特有の症状は別にして東洋医学的に着目すべきは熱が身体内部へこもってしまった状態=真熱(心熱でも芯熱でも同義)の状態が激増していることでしょう。この真熱という概念は西洋医学にはないものですから病院などでは理解不能であり、当然ながら対処法がありません。医師の中にも自分の健康管理のために鍼灸治療を好まれる方が少数ですがおられて、その現役医師に真熱の話を初めてしたときには首をひねっていましたが、その医師の子供に小児鍼をしているときに「あぁこのことなのか」と実物でやっと理解ができたと言われました。その後も何度か小児鍼で遭遇したり本人にも症状の出たことがあり、西洋医学からは慣れれば見抜くことはできても診断基準がなく、対処法もないと素直に教えてもらいました。
 真熱の基本形はこもってしまった熱が病状を起こしていても表面は冷えているので、四大病型では陽虚証です。何らかの理由で内部へ侵入してしまった熱を押し戻そうとするのに体力がなくそのままこもってしまったというケースが多いでしょうが、予期せぬことで表面が冷やされて体温の偏在が発生してしまったり間違った薬の飲み方での熱の偏在や、発散できないストレスを蓄積してしまい体力が弱っていて自分で熱を溜め込んでしまったりなど、病理はまだ考えられます。本人は熱っぽさを感じたり訴えたりするのに体温計では平熱もしくは微熱程度であり、その微熱も身体が疲れてくる夕方辺りから出てくることが多いのにあくる朝になると平熱しか体温計では測定されないパターンが多いです。

●真熱の対処法

  私が臨床で重視している脈状は陽虚ですから基本は沈脈であり、表面には突き上がってこないものの中間辺りまでは分厚くなっていると真熱だと診断しています。しかし、体力がまだあると熱が乱高下していることもあるのでそのときには冷や汗が決め手になります。盗汗があればほぼ陽虚ですし、熱っぽいというのに顔面はむしろ白く熱くないという特徴もあります。

  これらの総合から陽虚証と診断できたなら、本治法では選経に加えて井穴・栄穴・兪穴を中心に選穴を考えます。標治法は陽気不足の状態なので気を余計になくさないように鍼数は少なめで、毫鍼なら深く刺鍼するのは避けます。

  私は後にも出てきますがていしんのみで臨床をしているのですけど、それでも鍼数は少なく陽気を漏らさないことを重視しています。お灸については視覚障害者なので臨床に組み込んでいないのですが、一般的には暑いと陽気が吹き飛んでしまうので避けて治療時間も全体的に短時間の方がいいですからそれに収まる程度とすべきでしょう。漢方薬にも真熱に対する処方は当然あるはずですが、真熱だと見抜けていれば鍼灸のほうが脈状変化より効果判定も簡単で即効性があります。

●ブロークンハート症候群は鍼で即座に治せる

  covid-19では、全国一斉の緊急事態宣言が解除され徐々に社会生活を戻そうとしていた2020年の夏に、初期から少しずつはあった呼吸が浅く胸の痛みとともに体調不良を訴える症例が爆発的に増加していました。「ストレス心筋症」あるいは「たこつぼ症候群」と診断するには発見したお膝元なのに日本の西洋医学では本格的な検査をせねばならないのですけど、アメリカでは一連の症状に簡易検査を加えるだけで診断されていてニュース記事にも出ていて、「全く同じことだ!!」とブロークンハート症候群を所属する漢方鍼医会にはすぐ情報を流しました。基本は陽虚証で治療することとこの場合は鍼法の募穴へのアプローチです。

  そしてコロナウイルスの正しい知識をコンパクトにまとめたかったこともあり、パンフレット「ブロークンハート症候群を即座に回復 」を製作し院内で配布しました。普段はスタンドに入れておいて興味のあるものを勝手に持ち帰ってもらう形式にしているのですけど、このパンフレットは受付で手渡ししたなら「その症状があるので治療を受けたい」「家族がそのようなことを訴えている」と、来院された半分くらいに症状が出ていました。まぁそれでも素人の患者さんですから、テレビのワイドショーからの影響があまりに大きくコロナウイルスの正しい知識を飲み込んでくれた人はごく少数でした。詳細はパンフレットそのものを御覧ください。

 けれどcovid-19でもデルタが流行していた2021年の夏までは、ブロークンハート症候群がまだまだ散見されていたのですけど、オミクロンに変わってからはあまりの感染者数と死亡率の低下から非日常の病気から普通の誰でも感染する病気になりつつあって、ブロークンハート症候群は遭遇しなくなりました。やはり強烈なストレスを自分で内部へ蓄積していたのでしょう。実は一番に症状が出ていたのがこの私で、治療室の今後の経営や「もし感染したときの風評被害はどれだけ甚大になるのか」を考えると、ダイヤモンドプリンセス号の騒ぎの頃には胸の断続的な痛みがすでに発生していたのでした。自己治療から募穴へのアプローチが見つけられたともいえますが。

●今夏は真熱と陰虚証に加え、熱中症も紛れ込む

 ところが2022年の夏に入ってきて、また様子が変わりました。今までは精神力と体力で抑え込めていたのですけど「やっと自由に外出できる」という空気から、精神力で抑え込めていた面がなくなり真熱がコントロールできなくなってしまったのだろうというケースが増えてきました。具体的には微熱があるようなないような感じが続き、その熱が次は突き上がってきて強烈な肩こりもつらいですけど痛みになってしまいます。「もともとの肩こりが最近は痛みになってしまって」というのは、その代表例です。肩こりから不眠になってしまったというのも、かなりが該当するでしょう。

 真熱ですからマッサージでの対処は一時的ですぐぶり返してしまいます。上手にやらないと、逆に本当に発熱させてしまいます。鍼灸でも深く刺鍼すると発熱になってしまいます。その前に「このだるさの本質は何なのか」を見極める力が大切です。片頭痛も増加しているのですが、真熱から来ているものも多くなりましたが「今までよくわからなかったので真熱へ分類してしまおう」というのは、これは危険です。四大病型のどれに該当するのかは、総合判断です。

 そして社会問題にもなっている、マスクが外せない日本人は強烈な陰虚証を起こすようにもなってしまいました。陰虚証は陰気不足の状態=陰気は冷やす力があるのでそれが不足してしまうので内熱になるのですけど、不足から来ているので虚熱状態です。今までの真熱は基本形が陽虚なので外が冷えているのに対して、陰虚では外は冷えていません。脈状は浮いていますが、虚熱なので力があまりありません。それが二年間もマスクを付け続けていたためにこもりきっている熱なので、深い部分にはそれほど力がないのに全体は突き上がってくるので「おやっ、かなり変な脈状?」と、脈診を必ずしていれば見逃すことがないはずと断言できるほどになっています。

 陰虚証ですから選経に加えて、兪穴・経穴・合穴を中心に選穴し、標治法では虚熱を足の方へ引き下げるようにします。四大病型では最も遭遇しているだろうものなのでお手の物のはずですが、covid-19以後には程度の差が非常に激しくなってしまい、すんなり四大病型に切り分けがたいものが増えています。治療そのものは本質が見抜けていればさほど苦労することがないはずなものの、患者の問診だけに頼っていると真熱と陰虚証の区別がつかず、治療の流れも決められなくなってしまいます。

 そこへ近年は酷暑の夏になっているので、熱中症も紛れ込んできてしまいます。頭痛・突き上げるような肩こり・倦怠感・熱っぽい・異常な手足の冷え・盗汗に自汗が突然吹き出してくる・食欲が突然なくなってしまった・断続的な腹痛などなど、これらの中からいくつかが無作為に組み合わされて現れてきますから病理考察は大混乱です。はっきり言って「こんなもの病理が崩壊しているぞ」というのが熱中症です。胃腸炎や食中毒なら内容物を出してしまえばほぼ落ち着くのですけど、嘔吐もできず市販の解熱剤も効果が出ないのでどうしようもなくなって駆け込まれてくるというケースが多いでしょう。あるいは常に通院されていて発熱はしていないから治療をしてほしいと頼まれるなどです。内外どちらも熱が停滞しているので、研修会ごとにやり方が異なるでしょうが瀉法は必須です。一撃必殺で治療ができなければさらに病理を崩壊させてしまうので、経絡治療でないと私には鍼灸での対処が思いつきません。そして「これくらいできなければ鍼灸師になった価値がない」とも思いますよ。

●側頸部へのアプローチがなぜ効くのか

 さて、かなり長くなってきましたので側頸部へのアプローチがどうして簡便に広く効果が得られるのかに話を進めます。前述のように私はていしんのみを用いての臨床であり、毫鍼を否定しているのではなく刺鍼しなくても同等以上の効果が出せるので自然とていしんのみになっただけなのです。本治法での鍼数を極めて少数に絞り込むことで、臨床効果とスピードの両面にメリットをもたらしてくれています。
 ていしんでの補法はイメージしやすいと思いますが、ていしんで瀉法ができるのかですけど、できます。本治法で言えば選穴の工夫で陰気を補うことにより瀉的な効果をもたらすという方法が一つ、多くは肝実証に用いていますが経脈内に流れる営気への手法が一つ、そしてていしんは太いので気は太い側から細い側へ流れる性質を応用すれば逆さに持つことでできてしまいます。完全な瀉法を行うときには即刺徐抜の原則を厳格に守るため呼吸と連動させたりなどもう一段階の工夫をしていますが、熱中症は一本の鍼で数分もあれば症状の大半が解消できています。

 けれど本治法が一本とか二本のみというのには土台無理があり、補法からでも瀉法からでも細かな仕上げで手助けしてやらねば持続力がないのも事実です。「標治法で調整すればいいじゃないか」と言われそうですが、真熱は陽虚証なので原則的に鍼数を少なくせねばなりませんし陰虚証も程度が非常に大きくなっていてパターン的な施術では対処できませんし、熱中症に至っては本治法で症状の大半が解決していなければなりません。そこで東洋はり医学会初代会長だった福島弘道先生が提唱された「ナソ治療」を用いると、病理を細かく考察せずとも本治法を手助けしてくれます。

 原理は解釈すれば簡単なことで、首はすべての陽経が通過しており邪気の動きは早く浅い部位の陽経にほとんど停滞しているので、それを逃してやるのです。邪気というのは身体内部へ食い込んで暴れまわるというイメージをされているかも知れませんが、外から受けるものもありますけどむしろ大半は「邪を受けた状態として考えるもの」であって、病理としては充満・停滞の状態であり外へ出たがっているものも多いのです。ですから、陽経の流注上で軽く邪を払ってやれば本治法の持続力が飛躍的に向上します。漢方鍼医会本部で発表をした滋賀夏期研へ向けて、ナソの臨床実践1にナソ治療を工夫して変化してきた経過とともに詳述してあります。

 要点は瀉法をするのではなく、邪を払うことです。そのためにタッピングという方法を用います。邪の動きは陽気よりも早いものが多いので、軽くタップしてやると外へ出たがっているものが外へ出ていってくれるのです。その結果としてオートフォーカスのように自動的に焦点が定まった脈状へ変化していきますし、自己治療で確かめていただくとゆっくり熱の循環が改善してくるのがわかります。軽くタッピングするだけなので劇的な変化はしないものの、失敗することもありません。ゆっくり改善しますので治療の第一段階が終わったあたりに挟み込むのがいいだろうと思われます。私は本治法の直後に行いそのまましばらく休憩してもらっているとほとんどの患者さんが熟睡になって、目が覚めたときには症状が軽くなっているという感じです。

 注意点としては、集毛鍼を含めて毫鍼では気そのものが抜けてしまうので必ず刺さらない鍼で行っていただきたいこと。わずかでも刺さってしまうと毛穴が開いてしまい、気が抜け続けてしまうと体力がない患者だととてつもない倦怠感につながってしまいます。めまいのときに頭部へ集毛鍼を行うととても気持ちがよく症状が改善することも多いのですが、これは暴走してしまう気を間引いているのであり小児鍼で毫鍼を使っても問題がないのは同じく気を間引いているからだと考えているのですけど、気を間引くのでもなく瀉法をするのでもなく邪を払うことが要点です。あとは動画のやり方で自分の身体を使って練習していただければ、身体にこもってしまっている熱の処理が病理考察をあまり気にすることなくできるようになります。マスクを外せないことでの症状は猛暑と合わせて激増の予感なので、治療手段の一つに加えてみてください。




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