臨床報告

 

夏風邪の治療と熱中症の治療の違いについて

〜やはり脈診が決め手〜 

 

滋賀漢方鍼医会 二木清文

 

 

新型コロナが5類に引き下げられて表出した新たな問題

 covid-19のパンデミック宣言から3年、ようやく感染法上の扱いが場面によってはエボラ出血熱並みの2類相当から季節性インフルエンザ並みの5類へ引き下げられ、行動制限のない世界へ戻りつつあります。これは2022年の1年間でオミクロンの致死率がインフルエンザを下回ったという客観的事実からの判断でありますが、わずか数日と言いながらもWHOのパンデミック終息宣言より遅れていたというのは、日本の決断力のなさを露呈していました。ですから、未だにmRNAワクチンの追加接種を推奨のままにしていますし、命が危険になるほどの猛暑なのにマスクをしている人が多くいたりします。世界から見れば日本のコロナへの対応、やっぱりガラパゴス状態なんですけどねぇ。

 しかし、5類に引き下げられてもcovid-19が消滅したわけでもなければ無害になったわけでもなく、相変わらず呼吸器疾患として真夏なのに感染し続けています。それどころか地域を移動しながらのインフルエンザの局地的流行がありますし、RSウイルスやヘルパンギーナと呼吸器感染症はバトルロイヤル状態です。ひっくり返して考えればcovid-19があまりに鮮烈デビューでありその他のウイルスをずっと圧倒し続けてきたものが横並び状態に戻ったことで、数年間の偏りから免疫が切れてしまっているところにつけ込まれているというところでしょう。

 それで「ちょっとした咳症状と発熱程度は自宅療養をするのが一番早く回復する」と日本人も学習をしたはずなのに、発熱が38度にもなったなら病院を探し回るという修正がもう復活しています。けれど発熱外来など不要なはずなのに病院側は以前より頑固に建物内部へ発熱者を入れないように抵抗しているという体験談を何度も聞きました。看護師をしている患者さんに内情を教えてもらったのですけど、2類相当だと感染症病棟に入院があってもなくても補助が出続けていたものがなくなった上に、症状がコロナと直接関係なくてもコロナ患者が入院となると病室一つを専有では他の入院患者も職員も精神的に拒否反応が出るということで一角を隔離することとなりますから、補助が出ないのに多数のベッドを空けておかなければならないというのは経営的にものすごいダメージとなってしまいます。だから発熱者は病院建物へ入れないことが得策になるのだそうです。えっ、これって医療のあるべき姿なんでしょうか?

 

6月から夏風邪患者が増えてきた

 それで6月ぐらいから私の鍼灸院では、「一番の症状は回復したのだがどうもスッキリしないので」と、夏風邪の患者さんが来院されるようになっています。ほとんどの素人さんは5類に変更されたことを意識していないのですけど「病院では駐車場まで行っても発熱外来と称して携帯電話で問診されて薬が指示されるだけだったから」と、それなら以前の在宅診断のほうがまだ納得できるのであり市販薬だけで良かったのにと不満を述べながらの来院です。何人かは「職場で指示されたので検査キットで調べたなら新型コロナでした」と報告していただいたのですけど、でも病院にこれを申告するとさらに建物へ入れてくれなくなるのですからなんのための検査なのでしょうね。

 それで臨床現場の感想としては、もうcovid-19でもインフルエンザでもヘルパンギーナでも、夏風邪として区別する必要はないということです。特徴的なのは免疫が数年間で切れてしまっているので、すぐ高熱になることと咳症状の回復が遅いこと。それと「あぁ感染してしまい周囲にも迷惑をかけてしまった」と、日本人は罪悪感を背負う癖があってこれが後遺症の半分以上を作り出しているというのも感想です。

 

漢方理論から夏風邪の治療方法を考察してみる

 漢方の病理からは、夏の高温と乾燥という時期に呼吸器の調子を崩したのですから肺経の変動がまず一番に考えられるのですけど、肺は中空の臓なので津液をあまり持っていないところへ余計に乾燥をしてしまったことから咳症状がなかなか回復できないと考察できます。ですから、肺臓の津液を増やしてやる治療をということになるのですけど、前述のように中空の臓器ですから肺経へ直接アプローチをしても津液は増やせません。池田政一先生は肺の津液不足を肝虚肺燥証ということで、肝から突き上げる熱を抑えることによって回復できることを説明されています。冬の布団へ入ったなら咳き込んでくるような症状は、まさに肝虚肺燥証と言えますが、夏風邪だとこの方法は使えそうにありません。

 ちょっと話が横にそれますが、日本伝統鍼灸学会は昨年50周年を迎え記念誌がまもなく手元へ届くことになっています。収録されている資料の多くに六部定位脈診と難経六十九難というあまりに強力な経絡治療の出発点から脱皮しようという、先輩諸氏の何度ものシンポジウムが収録されていました。「呪縛ではないか」と読めてしまうくらいだったのですけど、この先輩諸氏が現代にタイムスリップして治療をすることになったなら、どのような対処をされたでしょうか? 「陰主陽従(いんしゅようじゅう)」という言葉は古典の中にはなく、記念誌に収録されている討議からすると経絡治療発展の中で先輩諸氏が作られた言葉のようなのですが、陰経を治療の中心に考えるべきであるという意味で六部定位脈診と六十九難の延長から出てきたと推測されます。ところが夏風邪の浮脈に数脈が重なった状態には、六部定位脈診も沈めての脈診がしづらい上に六十九難は陰経から治療へ入ることを前提にしているので、この二つで最初に固めてしまうとどうしても無理が生じてきます。

 漢方鍼医会では、「末期癌で数脈過ぎて陰経から治療へ入れなかったので陽経をいじったなら効果があった」という臨床報告が出てきて、小児鍼であればまず手足の陽経をトントントンと叩くようにしてから腹部と背部もトントントンと叩くようにして最後に本治法というやり方をするケースもあることから、別に陽経から治療が始まってもおかしくないと追試をすることになりました。難経九難には臓の病と腑の病は脈証ではどのように弁別するのかの問いに対して、数脈は腑の病を意味して遅脈は臓の病を表すとありますから、はっきりした数脈なら陽経から治療へ入ったほうが効率的ではないかという裏付けも取れました。問題は証決定をどのようにすればいいかなのですけど、ここで六十九難はすでに排除されている分だけ「陰主陽従」を重視するなら、陰経を助けるために陽経から治療へ入るということになり、証決定の考え方そのものは変更せずに対処できそうです。では、例えばはっきりした数脈の肺虚証として陽経からどのようにすれば肺経が助けてやれるかというと、表裏の大腸経だと瀉法を施さねばならないので虚証の治療には少し矛盾が生じます。そこで剛柔という三十三難と六十四難を合わせて読み解くかなり複雑な展開ながら、要約すると相克系の陽経を用いると陰経を助けてやることができるという理論が活用できそうだということになりました。つまり、肺虚証だと肺は金なのでその相克は火克金であり、火の陽経は小腸経ですから小腸経を補えばはっきりした数脈の肺虚証を治療ができる、同じパターンを展開していけば脾虚証だと胆経から、腎虚証だと胃経から、肝虚証だと大腸経から治療ができることを確認できました。

 そして陽経から治療へ入ると、間接的な治療なので用いる経絡は一つだけであり選穴が限られ陰虚証・陽虚証という区別はしているものの標治法で差をつけることとなりますから、肺虚と証決定しても陰虚の治療が可能になることに気づきました。六十九難は私も未だにとても良くできている治療システムだと実感し小児鍼ではそのままを用いていますが、五難に出てくる菽法の高さへ整えることが漢方鍼医会の脈の作り方なので必ずしもパターンにはめ込んでの治療はしていないという例になります。臨床現場での本治法は一穴か二穴で、標治法も含めて全てていしんのみで治療をしています。

 

熱中症と夏風邪をどう見分ける?

 ところで、今年の夏も災害級の猛暑が続いており熱中症の患者さんも来院されてきています。それも緩やかに熱に侵されて「この不調は何なんだろう」という隠れ熱中症のほうが多く来院されてきます。また前述のように発熱をしていると病院の中へ入れてもらえないので、急性で来院されたケースも今年は出てきています。詳細は昨年の投稿で詳しく書いたので省略しますが、熱が体内へ侵入して行き場をなくしている状態なので病理が成り立たず、治療には時邪に対する瀉法が必須となります。春は肝で井穴、夏は心で栄穴、秋は肺で経穴、冬は腎で合穴、そして季節間の土用は脾臓で脾で土穴から瀉法をすることとなり、この時期だと立秋までは脾経の太白・その後は肺経の経渠への瀉法ということになります。

 それで熱中症の脈状は九菽から十二菽、六部定位脈診で表現すれば中位から少し下側の領域、この高さですべての部位が渋っていれば診断できると報告しています。これは間違いないのですけど、夏風邪が混在するようになってきたなら症状の大半が重なっているのでまず切り分けねばならず、単純に渋っているかどうかでは区別しにくくなってきたのも確かです。逆に書けば2022年までは夏風邪で来院されるケースは極端に少なかったので「これはおかしいぞ」と感じたならまず熱中症として診察すればよかったので、中間から少し深い部位の脈で渋りだけを探せば見分けられたのです。

 それで臨床の中から気づいたことは、脈の上下するスピードに差があること。夏風邪であれば高熱になりやすく外へ邪も出たがっているので普通に数脈になります。ところが熱中症は外から侵入した熱が行き場をなくして暴れている状態なので突き上げてくるスピードは早いのに、熱が循環しているわけではないので下がるときはゆっくりというほどではないにしても、普通にしか下がっていきません。この典型的なものを発見したときには、病理の考え方と脈診の奥深さに同時に関心をしてしまいました。

 もう一つ、寒くなると現れてくる熱中症の幽霊のような真熱についても付け加えておきます。真熱も内部に熱が停滞して自覚的には暑いのに体温計で測定すると大したことがなかったり上下の差が出てしまうのですけど、基本的には陽虚で表面が冷えているために内部に熱がこもってしまうので注意を中心に脈が分厚くなります。症状としての違いは熱中症だと倦怠感があまりに強いのに、真熱はなんとなくだるいというのが数日以上続きます。病理も熱中症は邪実で瀉法が必要であり、真熱は虚証なので補法での治療となります。

 

発熱患者の診断は脈診が決め手

 発熱している患者が鍼灸院へ戻ってきましたが、発熱外来という余計なものを日本の西洋医学が作ってくれたので、診断がよりややこしくなってしまいました。これらを切り分け見きっていくのには、やはり脈診を用いることです。脈診をしていれば慣れれば即断できるケースもかなりあるので、夏風邪と熱中症が交互に来院されたとしても、ちょっと頭は混乱するでしょうが治療はしっかりできます(本当にこのような連続するケースがあり、カルテを見返しながら間違わないように対処しました)。

 余談ですが20237月に、私も高校でクラスターが発生していた娘からオミクロンをもらってしまいました。3年間ずっと喉の奥までしっかりうがいを続けていたのに、猛暑が始まって面倒に感じて喉の奥までうがいをしていなかった油断からでした。呼吸器系ウイルスは水分で叩き落されてしまうので、手洗いとうがいが予防には第一です。発熱して相当な数脈でしたから、肺虚証として左小腸経の陽谷への補法をして、半時間程度で解熱して一晩で回復できました。




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