子午治療はていしんで可能、流派に関係なくすぐ用いられます

鍼灸の新時代は、自分たちで理論構築していく時代なのかも

 

滋賀漢方鍼医会  二木清文

 

 covid-19のパンデミックになる直前の頃、漢方鍼医会では補助療法が福島弘道先生の『経絡治療要綱』から受け継いだ知識そのままになっていただけでなく、本治法の考え方の変化からミスマッチになってきていたので活用頻度が下がっており、このままでは先輩諸氏が磨いてきてくれた各種の治療技術を埋もれさせてしまうのでもったいないということから再検討をということになりました。

 

 奇経治療は資料も膨大で、学術大会によっては様々なアプローチながらも大きな治療効果の報告があります。私が下積み修行時代に学ばせてもらった当時の東洋はり医学会北大阪支部では、支部長の宮脇和人先生が治療の中へ必ず取り入れられていたスタイルもあって盛んに行われていました。今も日本はり医学会の発表を見させていただくと、積極的に行われているようです。私も宮脇先生の治療室ではありませんでしたが、助手として奇経グループの判定を行っていた経験から、奇経治療の再検討を命ぜられたのでありました。

 

でも、今回は奇経治療がその後どうなったかについては話が広がりすぎてしまうので触れられませんが、滋賀漢方鍼医会だけであれば新しい解釈が現在進行形であり臨床投入がすでにできています。あとに出てくるオリジナルていしんの「二木式奇経鍼」を用いることで再現性が確保できた方法ですが、二木式奇経鍼の完成のほうが先であとから実技がくっついてきたというおまけ話も。このメルマガで報告できればいいのですが…。

 

子午治療とは

 

 話が本題の子午治療へとここから入っていくのですけど、子午(しご)治療とは経絡時調整などとも呼ばれているもので、素問にある運気七篇を治療へ応用したものとされています。非常に有名な治療法でもありますから詳細は各種テキストに委ねさせていただきます。運用方法だけを記させてもらうと、痛みや症状が特定の経絡流注上に限局して現れている場合に、反対側の対応する経絡で主に絡穴に圧痛が現れていることを確認し、そこへ施術をすると即座に症状が改善できます。経絡の対応については、福島弘道先生の『経絡治療要綱』に次のような暗記のための一文があり、これさえ覚えるだけですぐ臨床投入ができてしまいます。

 

 「たんしんが かんしょうして はいぼう だいじんの いしんぽうが ひさんした」(胆心が肝小して肺膀大腎の胃心包が脾三した)

 

 例えば最も利用頻度が高いだろう背部痛で説明すると、左側の背筋にはっきりした痛みが出現していたなら膀胱経の流注であることを確認できると対応する経絡は肺経であり、反対側の右の列欠に強い圧痛があれば子午治療が使えます。夜中に親父が突然の背部痛で動けなくなったからと叩き起こされ、まだ学生で2年の途中ですから呆然としてしまったのですが子午治療の項目を学習していたときであり、膀胱経に痛みが限局していたので列欠を探ると強い圧痛があります。推奨されている金30番という特殊な鍼は持っていませんでしたから、手持ちで一番太いステンレス鍼を列欠へ少し刺鍼したところすぐ痛みが緩和してきて、2分間程度で動けるようになったのはこちらも驚いたというのが私の子午治療の初体験でした。完全にビギナーズラックですけど、「正しい認識は体験によってのみ与えられる」と福島弘道先生が繰り返されていた言葉の意味を実感できました。

 

子午治療はていしんでもできる

 

 ところで古典には「こういう理論だから運用できるよ」と書かれてあっても、具体的にはどんなことをするのかが全く記されていないものが多くあります。あるいは刺鍼の深さやお灸の総数などが書かれてあっても、まず現代の尺度と違っていますし艾の質や鍼の形状・材質も異なっているので、古典だけをそのまま追試するのは無理があるだろうと常々思っていました。ちょっと発想をひっくり返すだけなのですけど、その一つの例がこれから説明する子午治療です。

 

 ただし、時間軸は考慮せねばなりませんけど理論の根幹は、古典は絶対的に正しいと信じています。誤解されないようにもう少し付け加えると、古典は偉大なる参考書だと考えているのです。古典を聖書(バイブル)に掲げてしまうと、現代とミスマッチを起こしてしまうのであり、特に新しい用具については古典にどうしても結びつけるような無理をせず自分たちで理論構築をして応用ができていくなら、それでいいと考えているだけです。子午治療がていしんでも可能というか、毫鍼と効果が変わらないのでより手軽に積極的に使うようになった具体例です。

 

右肩関節の激痛患者に治療室のスタッフも筆者もパニック寸前の緊急事態

 

 昨夜に自宅で転倒してしまい右肩関節の打撲から激痛になったので、すぐ近くに病院がありますから救急を申し込んで受診はしたという50代の男性。レントゲンで肩関節の亜脱臼は判明したのですけど当直医が整形外科ではなく一応整復操作はしてくれたらしいのですが、資料を見ながらという頼りなさであり何もできない状態だったそうです。「命に別条はないから」とそのまま帰宅するように言われてしまいました。さらにこの病院の整形外科医は特定の曜日にしか来ないので明日は別の病院へ行くようにと言われたそうで、「この病院は近所だが頼れない」と奥様が腰痛で何度も来院していたことから鍼灸院のほうが早いのではということで朝一番に電話がかかってきました。事務員さんが電話を受けていたので私が昨夜の出来事を知らず、治療室へ入ってこられたときには大騒ぎ状態なのにこちらが驚いてしまいました。患者曰く「関節を入れてもらうときの痛みは覚悟してきましたからとにかく早く治してください」とのことですけど、脈診するために仰臥位にというのですが痛みで座位からどうにも動けません。右肩関節を触診すると確かに大きな隙間ができていますから、亜脱臼そのものは間違いありません。

 

座位のままでまず本治法をとも思いましたけど、我慢はしておられますが自発痛が苦しいので唸り声が漏れてくる状態では痛み止めのほうが優先だろうということから、とっさに頭へ浮かんだのが子午治療でした。触診したときに一番痛みが顕著だったのが小腸経の流注上であり、これがはっきりしていたのも決め手でした。肝小の組み合わせですから左の肝経で絡穴ですから蠡溝なのですけど、親指で押さえると蠡溝そのものが痛いのか圧痛なのかがよくわからないので、本治法のために探っていたときに太衝の反応が顕著だったことからこちらを親指で押さえてみると、痛みが瞬間的に軽くなり安堵の表情になってきました。臨床現場では偶然でも出会い頭でもなんでもいいので治療ができてしまうことのほうが大切であり、文章で振り返っていると沈着冷静に状況把握をして対処していったように読めてしまうかもしれませんけど、実際は私まで巻き込まれてしまいそうなパニック寸前の緊急事態そのものでした。

 

毫鍼も金30番もない、どうする?

 

 その次の問題は、ていしんのみで治療をするスタイルなので毫鍼が手元にありません。前述したような金30番ももちろんありません。そこで白衣のポケットに常に入れてある二木式奇経鍼を反射的に手にしていました。本当に何も考えず、次の瞬間に握っていたという感じです。左の太衝へていしんの底面が最大限になるようにしながらしっかり当てると、先ほどと同じく痛みが緩和してきたことからのため息が聞こえてきました。数十秒でここまでたどり着けたのは、今から思い出すと奇跡的です。

 

  でも、まだ問題は続きます。朝一番ですから複数の予約が入っていたところへ緊急で入ってもらったのですから、すでに別のベッドで患者さんが寝ておられるのでこちらの治療もせねばならないのです。やっと緩和できてきた痛みですから、手を緩めるわけにも行きません。「こうなったなら腹をくくるしかないなぁ」ということで、事務員さんは素人なので鍼を持ったこともなければ押し手も作れないので、左手は足底から支えてもらい右手はていしんを揺らさないようにして保持をお願いしました。事務員さんもパニックに巻き込まれてきてしまいましたけど、「指示したことだけやればいいから」ということで私は別のベッドへ。

 

  お一人の本治法を終えて戻ってきたなら右肩関節の痛みがさらに緩和しているので、ていしんでの子午治療をここで確信できました。今度は臂臑あたりの痛みがつらいということから、大腎の組み合わせになるので左の水仙を探るとまた痛みが緩和できますから、同じく事務員さんに引き継いで私は次の患者さんへ。戻ってくると今度は肩井あたりの痛みを言われるのですが、胆心の組み合わせで通里を探っても反応がなく痛みも緩和しないので、患部を触診し直すと僧帽筋から脊柱起立筋がガチガチという感じですから肺膀の組み合わせで左の列欠を探ると痛みが緩和するだけでなく上半身を動かせるようにもなるので、「これが最後だから」と事務員さんに引き継いでもらいました。

 

  その後は座位のままで本治法から標治法を一気に行い、最後に伏臥位にして肩関節脱臼の整復を行ったところ30度くらいまでの挙上ができるようになりました。明くる日に来院してもらうと、自発痛はあるもののそのまま自営業の仕事はできたということであり、夜も半分くらいは眠れたということで、ほぼ同じ治療をして50度くらいまで挙上ができました。3日目になると自発痛は当初の4分の1程度であり、挙上も水平までできるようになったので送迎も着替えの手伝いも不要となり、危険域は脱出というところです。ここまでは子午治療をまず行ってから本治法という流れでしたが、その後は次第に治療間隔を調整しながら本治法優先であり、最後に痛みが気になったなら子午治療も加えるという形にしています。でも、患者さんが劇的な効果だったことから「どうしてもやってほしい」という要望もあり、形だけやったことも。3週間で治癒としました。

 

30番ではなく太い太い鍼に意味がある

 

 「正しい認識は体験によってのみ与えられる」であり、偶然と火事場の馬鹿力からでしたけど子午治療がこれほど簡単に再現できることを発見できたなら、ユングの共時性という概念は本当に働いていると信じられるくらいに子午治療を行うことですぐ症状が軽くなる患者さんが連続で来院されてきました。

 

高校生の娘が登校時間直前になって朝からの側頸部の痛みがつらいと言い出しますから、胆心の組み合わせで反対側の通里を探ると痛みがすぐ緩和してきて二木式奇経鍼を20秒ほど当てたならすっかり痛みが消失したことに驚いてくれました。右大腿部の強烈な痛みを服薬でごまかし続けてきた御婦人、本人の訴えが二転三転していたこともあって数回振り回されていたのですが、仰臥位の状態で大腿部を探ると全ての筋肉が突っ張っているので肺膀の組み合わせで列欠を探るとその緊張が取れてきてここからやっと痛みが減弱できるようになったという症例もあったりします。

 

今から考えると金30番ではなく太い太い鍼に意味があるのだと福島弘道先生は知っておられたのではないでしょうか。ですから、今回は二木式奇経鍼の詳細を書けなかったのですけど太い太いていしんに意味があるのだと私は理解しており、その理論を延長して臨床がうまく回っているのですから参考書としての古典に感謝しています。

 

 簡単な症状から重篤な病状をひっくり返すきっかけになるなど、まず圧痛を指で探してすぐ状態の変化が確認でき次はていしんをしっかり当てるだけで行えてしまうのですから、子午治療の臨床導入をおすすめします。「にき鍼灸院」のホームページでは他の組み合わせの取穴方法も含めて子午治療のページがありますし、肩関節亜脱臼の整復を解説したページもありますので動画と合わせて参照ください。




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