全包括的(ホリスティック)な健康感の為に

スポーツと健康の初歩

GoodSportsMan

  現代人は運動不足だと言われています。車社会の発達によって農業中心の時代から比べて確かに運動量は落ちていますし通勤や通学にも歩く距離が短くなり、おまけに子供が外で遊ぶのにも思っ切り走り回れません。しかし、運動をしなければ丈夫な身体は作れないのでスポーツに取り組むのですが(実行している人は少ないですけど)、ここにも様々な問題があります。

  そこで、今回はスポーツと健康について少し考えてみたいと思います。

 

スポーツだけでも治療だけでもダメ!

  まず最初に確認しておきたいのですが、スポーツをしているから病気にならないという保証はありませんし治療を受けているから絶対に良好な状態が得られるという保証もないのです。 スポーツをしている限り「ケガをするな」というのは無理な話ですし、継続的な治療を受けているなら確かに実生活に問題があるような症状は取り除かれるでしょうが、自らの運動によって筋力回復をしなければ完全な治癒には至らない事も多いのです。

  つまり、治療と運動とは交互に踏み出して歩く足のようなものですね(片足だけではとても不便ですよね)。

  スポーツをしている人が「せっかく運動をしているのに治療に通うなんて・・・」と考えるのは大間違いで、一流選手になれば常に細かなチェックを受けて故障防止に努めていますし専任のトレーナーを同行させているのも珍しくあませんからね。また、治療だけではどうしても不可能だった回復にもスポーツは役立っています。その最も著名な例をご紹介しましょう。

 

障害者スポーツの歴史と発展

  1950年代の初頭は事故などで脊髄損傷を負い車イスで生活をするようになった人達の平均余命は2年と言われていました。原因は、同じ姿勢のままで居るために併発する腎機能障害でした。そこで、血液循環の改善を目的として危険が少ないと思われる水泳をさせてみたところ、効果は抜群で健常者と変わらない余命を得られただけでなく「生きる目的と希望」とい極当り前のことが取り戻せたのです。ここで有名なグッドマン博士の「失われたものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ」という言葉が生まれたのです。

  また車イスバスケットが考案されるなど競技種目も次第に増加し、東京オリンピックの前のローマ大会が終了した直後に第1回パラリンピックが開催されました。パラリンピックという言葉は造語で、語源はパラフィジア(下半身麻痺=車イスの)オリンピックから来ています。しかし、ソウル大会以後はパラレル(並行)オリンピックの意味で、正式な大会名称となりました。「パラリンピック」という言葉を発案したのは日本らしいのですが、誰が提案してどのような経緯で採用されたかなどが不明なのは、とても残念です。

  競技種目が順次増加し、車イスだけでなく肢体不自由や視覚障害も含めた総合の競技スポーツ大会なり、オリンピックの開催地と会場が異なった時もありましたがソウル大会からはできるだけオリンピックと同じ施設を使うことが義務となり、バルセロナ大会からは標準参加記録とドーピング検査を実施、アトランタ大会からは知的障害者部門が実施されています(その後シドニーで問題が発生しオープン参加で調整中)。冬季大会も開催されていますから、長野パラリンピックも開催されました。

 

Good!SportsMan

  障害者スポーツを眺めてみると、過去には命を落としていたのに医療とスポーツの両方が揃うといかに健康増進につながるかが分かります。何でもいいんです、どんなに軽いことからでも結構ですから継続的な運動を始めてみましょう。その際には、必ず準備体操だけでなく整理体操もしてください。

  最も大切なことはフェアな精神であることです。潔くて誠実で正直であるならば、それは決して運動だけでなくても囲碁でもオセロでも何でもグッドスポーツマンと呼ばれるのです。強い競技者(グッドアスリート)とグッドスポーツマンは違います。グッドスポーツマンを目指すということは、健康を全体的に考えるホリスティック医学に近づく道でもあるのです。

  TRADITIONAL JAPANESE MEDICAL

        脉診流 にき鍼灸院

522−0201  滋賀県彦根市高宮町日の出1406

0749−26−4500



パンフレットの閲覧ページへ戻る   資料の閲覧とダウンロードの説明ページへ   『にき鍼灸院』のトップページへ